余計なお世話?
タビの心得 - 可愛い子にはタビを履かせよ
つねづね気になりながら手付かずのままにしていたことがある。
足袋である。
人形をつくって晴れ着を装わせながら、その足元は裸足なのだ。
縮緬や錦紗の振袖を着ているのに足袋を履いていない ― 。こんなことはありえない、あってはならないのではないか。
だが、現実の人間界ではともかく、人形界では裸足の人形は少なくない。実際、我が家の市松たちは半数くらいが足袋を履いていない。そして、もうひとつの問題は、履いていてもその足袋の出来栄えはいまひとつよろしくない。有態にいえば些か不恰好なのである。
本人たちには気の毒だが、しかしそれでもこの足袋を履いているのは、我が家の人形のなかでもとりわけ丁寧に仕上げられているものだ。左は初代松乾斎東光、中は永照斎、右は現代の朋の初期の作である。(永照斎は聞き慣れないが、骨董屋のおやじの弁を信じるなら、香淳皇后幼少のみぎりのご愛玩品だったとやら…。)
東光と永照斎の足袋は同じ手になるものか。どうやら足袋を専門にする職人がいたものとみえる。だが戦前の職人でさえこれがせいぜいである。出来合らしきこともあって、ぶかぶかでなんだか靴を履いているみたいだ。朋の足袋はコハゼではなくマジックテープである。
(「緑青」などに載る郷陽などの市松の足袋もまあこんなところで、それでも上出来なほうだろう。)
* 上はいずれも郷陽〈「緑青vol.12」p19 & 13〉。ところでこの裾のラインはちょっと高すぎますね。
市松は立たせると胴と脚をつなぐ縫いぐるみ部分の真綿が押されて縮み、ふつう足などは隠れてしまうものなのだけど…。
着物(長着・長襦袢・羽織など)なら、人間のものと同様の手順で縮小したものを縫うことができる。和服というものは、洋装のドレスなどのように着る人の体形をすみずみ厳密に採寸するわけではなく、着丈と裄さえ決まれば直線に截って縫いあげられる。着こなしは着付けしだいでいかようにもなる。
だが足袋はそういうわけにはいかない。舞台に上がるような人はオーダーメイドでつくることもあるらしい。ぶかぶかの足袋はみっともない。人間のものでさえ難しいのに、小さな人形の足にフィットさせるとなれば至難の業で、ここだけどうにも‘おもちゃ’感が際立ってしまう。
そんなわけで、なんとなく気にはなりながらも、足袋を作るという‘無謀’には踏み込んでこなかった。
しかし今回つくった‘る’に袴を穿かせてブーツではなく草履を履かせようとして、どうしても足袋がなければはなしにならない破目に陥った。已んぬる哉。市松よりは大きいから、なんとかならないでもあるまい…。以下、その苦闘のしだいを開陳する。
1.型紙をつくる
足袋を解体してみる。
・小指側の甲(コハゼが付く。)
・親指側の甲(コハゼを留める糸が縫い付けられる。)
表地はブロード様の綿。裏地にごく薄い平織の綿。
・足裏
厚みのあるギャバジン様の綿。
人形の足に合わせた型紙を作図する。
〈足裏-底布〉
人形の足は、親指と人差指の股がくっついている。したがって足袋の形にするには、足先を余らせてここに足袋の先割れ部分を形成せねばならない。(実際に履かせる際はここに真綿を詰める。)
足裏の型紙ははこの分を勘案して作図し厚紙に切り抜く。
〈甲布〉
足裏の底布と甲布とは、甲の指先部分等を縫い縮めながら合わせていく。この加減しだいで適切な甲布の形は微妙に違ってくる。ぴったりとフィットする足袋をつくるためには、この作図が肝要。
折り返し分があるので、‘縫い代’はその分を勘案して多めにとっておく必要がある。
(納得のいくものができるまで、試作-仮縫いを何度も重ねるはめになってしまった。童泉坊人形の足は、リアルな人間のものを模したというよりは、浮世絵に描かれた足(ってもしかしてあぶな絵?)を参考にしていてちょっと違うのだな…。)
2.布を用意-型紙を転写し裁断する
甲用の布:細番手ブロード(綿) + 薄手の接着芯*
* ブロードだけでは強度が足りない。
底用の布:厚めのギャバジン(綿)
転写して裁断。
甲布は底辺がバイアスの向きになるように。
☛ 縦・横の方向に伸びて足にフィットしやすくなることと、できるだけ裁ち目にほつれが生じないようにするため。(小さなものなので、三つ折りぐけは避けたい。)
底布は綾目が斜めになるように裁断すると本物っぽい…かな(?)
甲布と底布とを縫い合わせる裁ち目には念のためそれぞれにほつれ止め溶剤を塗っておく。(底布の踵部分は三重に縫い目が重なるので特にしっかり塗る。)
3.甲布を縫い縮める
爪先の部分は、甲布を縫い縮めて膨らみを作らねばならない。
それぞれのラインで求められる膨らみが異なるので、右図の円形をなすドームをイメージする。
まず、予め甲布に弱めのギャザーをかける。
次に、底布と縫い合わせる際に‘いせ込み’して調整する。
こんな感じ。
(側辺はごく軽く。)
4.甲布と底布とを縫い合わせる(いせ込み)
‘いせ込み’は、スーツ上着の肩山の丸みを作るときなどに用いる縫い方。
(肩山くらいの丸みくらいならさほど難しくないが、足袋の爪先みたいに大きく膨らませるとなると、きれいに縫うのはなかなか容易ではない。まして人形の、ではねえ…。)
その加減は0.X~0.0Xミリレベル。
勘を養うしかない。完璧な襞にはなかなかならない。難しい!
側辺のいせ込み。
甲布から斜めに戻る向きに針を底布に通す。針を立てて甲布を寄せる。
底布から斜めに進む向きに針を甲布に通す。針を立てて甲布を寄せる。
5.左右(親指側-小指側)の甲布を縫い合わせる
親指と人差指の間の立ち上がりライン(右図参照)どうしを縫い合わせる。
(一旦ここで玉止めするが、続けて甲の中央ラインを縫い合わせていくので、糸は切らずに長く残しておく。)
甲布を底布と縫い合わせた際の縫い縮め具合によって、左右の甲の縫い合わせラインは微妙に変わる。
表に返して足型を入れ、一旦、左右の布を中央に寄せてそれぞれの側に倒して折り目をつける。これが縫い合わせの目安になる。
仮縫いして足型を入れ、縫い合わせのラインが適切か確認。(ラインが甲の中央を真直ぐ通っているか、ぶかぶかにならずフィットしているか…。)
適切なラインが確認できたら本返し縫いする。余分な縫い代を切り落とし、表に返した時に攣れないよう数か所に切れ目を入れる。
6.踝の合わせ部分を処理しコハゼを取り付けて仕上げる
親指側甲布の踵部分を折り返し、底布に縫い合わせる。
小指側甲布の踵部分を親指側甲布に被せるようにして底布に縫い合わせる。
親指側甲布と底布との縫い目☚に合わせて縫う。
この布にコハゼが付いて親指側に留めるので、必要十分な寸法分を勘案して被せる。
親指側甲布に、コハゼの位置に合わせて留め糸を縫いつける。
上辺の余った布を被せる。被せる布が多いようなら、事前に切り取っておけば☚上辺の仕上がりが分厚くならずすっきりする。
(留め糸はタコ糸を使うが、生成りなので塩素系で漂白しておく。針は毛糸用のとじ針を用いるが、通常のものは先が丸まっているので‘シャープポイント〈clover〉’という先の尖ったものが適当。)
表に返して完成。
付.コハゼ(小鉤・甲馳・鞐)を作る
素材:アルミ板 0.5ミリ厚
or
真鍮板 0.3ミリ厚
* 銀粘土で作るという手もあるかな…?
道具:金切ハサミ
アイスピック
ドリルドライバー + 極細ビット
ハンマー
ダイヤモンドヤスリ
サンドペーパー #800 ~ #1200
ボール紙で型を作り、油性ペンで素材に転写。
金切ハサミで切る。
(事務用ハサミでも切れないことはないかも。事後、使い物にならなくなるだろうけどね…。)
じゃが10年くらいはこればっかりに専念せにゃ、完璧なものはでけんのぅ…
日 暮れて 道遠し… とほほ…