余計なお世話?

 

        カミ技? Ⅱ - 髪の毛の正しい生やし方

 

 ビスクのフランス人形にしろ、市松人形にしろ髪の毛は下ろしている。

 現代の人形ではまずウイッグを被せる。

 だが、生え際を見せようと思ったのは、坊ちゃん刈りの男の子や前髪を上げた女の子をつくろうとしたことがきっかけである。その後、ほとんど着物を着せるようになったから、その必要はますます譲れないものになった。

 衿を抜き帯で太鼓をつくるなら、前髪を垂らし後ろ髪を下ろすのは本来の姿ではない。夜会巻きにしろシニョンにしろ、額を出し衿足を見せる。(袴姿の女学生が前髪・後ろ髪を下ろすのは、袴が半ば洋装だからだろう。足元はブーツである。)

 江戸時代以降は、日本髪はことごとく額・衿足を出した。丸髷・島田はもちろん、明治・大正の束髪・桃割れもそう。髱(たぼ・つと)を伸ばした元禄嶋田・笄髷も例外ではない。(おそらく、とりわけ後ろ髪を上げたのは、衿が汚れるのを嫌ったという理由もあったのだろう。鶏-卵の因果関係はわからないが、昔は髪を洗うのは一苦労でそうそう頻繁には洗わなかったというではないか。髪はけっこう汚れていたのだ。)

 というわけで、ビスクドールに生え際をつくる手法を悪戦苦闘しながら試みた。以下はその手順。

 

 作業は2段階。

  1.毛穴をあける

  2.毛を植える

 

1.毛穴をあける

  鋳込んで型から外したグリーンウェアに針を刺して毛穴をあける。


・毛穴は、最前列から数列分を極細に、その後列を数列分それより太い穴をあける。(極細には毛1~2本、太い穴には10本くらいの毛を植える。)

・毛穴の列幅をある程度取らないと、地肌が透けて被せた頭頂の蓋との境界があらわになってしまう。(よって頭部の切り口は、額を大きく取って通常よりも傾斜をきつくしないとこの列幅を確保できない。)

 

・使用する針は、入手しやすくてもっとも極細なのはビーズ針。太めの針はふとん針が手頃。

・針先はできるだけ鋭いものが望ましい。(鈍いと後述するように液状化の誘因になる。)

 

・鋳込む前に、石膏型に生え際の境界ラインを浅く彫っておく。

・(こうしておかないと、いざ作業のときに針を刺すべき場所が分からなくなる。削ったラインはグリーンウェアでは微かな出っ張りになるので容易に消すことができる。)

・針を刺す角度・方向は、どのような髪型にするのかを意識して手早く行う。(例えばポニーテールならお団子の方向に流れるように、ひっつめ髪なら浅い角度をつけ、ふっくらさせるなら垂直ぎみに刺す。前列を浅い角度で、後列を立てた角度で、なども。)

許される作業時間は1時間ほど。それ以上になると、針を刺したとき素地にひび割れを生じさせてしまう。

・よって、作業場の湿度、グリーンウェアの乾燥状態は重要である。

・この作業に最適なのは浴室。湿度が低ければ、湯を沸かして浴槽の蓋を少し開けたり、壁に霧を吹いたり、または洗面器に水を張ったりして調節する。

・最適湿度は、40~55%までか?(湿度が高すぎてもいけない理由は後述する。) 


 

・石膏型からグリーンウェアを抜きだすタイミングは、できるだけまだウエットな状態のうちに作業できるよう、抜きうるかぎり早く行いたい。

・(石膏型の内側に雲母(キラ)をまぶしておけば、多少早めに抜くことができる。)

 ・だが、乾燥しないよう湿度をやたらに高くした状態で行えばよい、というわけでもない。

・湿度が高すぎると、作業していくうちに、グリーンウェアがどんどん液状化してしまうのである。(もともとが泥なのだ。)

・針を刺す最適な角度をさぐるために左手でグリーンウェアを捏ねくりまわしていると、ヘッド全体が液状化して歪んでしまう。

・最適?と思われる環境でも、とりわけ太めの針を刺していくと、それ自体が液状化を引き起こすことがある。(ある程度は、これはどうしても避けられない。)

・極力グリーンウェアにストレスを与えないように、針はなるべく先の鋭いものを、また、刺すのも急ぎすぎるとてきめんに液状化を起こす。手早く、ゆっくり、というコツを摑むことが肝要。

・また、鋳込んだスリップを排泥して、石膏型から抜き出すまでの間の室内の湿度も大切である。

・陶土にあけた穴の厚みに髪を接着させることになるので、ある程度の厚さがあることが望ましい(やや重いヘッドになるが)。だが、室内が乾燥しすぎていると、グリーンウェアの石膏との接面(つまり表面)が乾いて型抜きできる状態になるまでに、その裏面はもっと乾いた状態になっている。

・こういう状態のグリーンウェアに針を刺していくと、その裏面がぼろぼろと崩れてくる。

・すなわち、表面と裏面とで乾き具合に大きな差が生じないよう(裏面が乾きすぎないよう)、型抜きを待っている時間にも、ある程度の湿度があったほうがよい。

・無事、毛穴をあけることができたら、完全に乾いてから表面を紙ヤスリなどで磨いて整形する。

・一旦せっかくの毛穴が塞がってしまうような状態になるが、柔らかい筆を突き立て、さらにカメラのレンズの埃を掃うブロウワーで毛穴を吹き付ければ復元できる。

  * ブロウワーは 工房>七つ道具 の「その7 粉受け作業台とブロウワーブラシ」で紹介。

 

 

2.毛を植える

 この作業に特別な技術はいらない。ただただ根気が求められるのみである。

 (前髪と襟足をアップにした‘り’の場合、おおむね1日8時間、実質20日間、すなわち 8×20=160時間は要したはずである。)

 

・毛植え作業の前に、ヘッドの焼成-ペイント、眼球入れは完了させておく。(毛を植えた後はもう窯入れすることはできない、当然ながら。)

・植毛する部分の地肌は黒くペイントする。(黒髪の場合。)

 

・これは、可能な限り植毛の密度を高めても、地肌はどうしても透けてしまうため。

・最前列ほど薄くなるよう、グラデーションをつけてペイントする。

・使用する髪は、日本髪の‘髢(かもじ)’を扱っている店でその原材料の原毛を分けてもらっている。(毛先-毛元の向きが不同なので、キューティクルは落としているそうだ。なお、パーマネントをかけている日本人の髪は不可。ほとんどが、中国人のものだが、それも良質のものは少なくなっているとか。最良はインド人だと聞いたこともあるが、手に入れたことはない。)

 

・接着剤は木工ボンドが最適だろう。(経年の不具合もないようである。)

・毛を束ねるのに日本画の膠もよいが、気温変化などによる粘度調整がやや厄介である。

 

 

・後列用の毛を10本前後ずつボンドもしくは膠で束ねておく。

 

・後列(太い穴)から束ねた毛を植えていく。(前列から植えると、後列を被ってしまい作業しづらくなる。)

・毛元にボンドを付着させ、1穴ずつ植える。

 

 

 

・後列が終了したら、前列(極細の穴)を植える。最前列から数列に1本、その後の数列には2本植えるようにする。

 


 

 ビスク部分の毛植えが完了したら、頭蓋(コルク)の植毛。

 すでに十分な密度が確保されているのなら、このエリアの間隔は粗くていいだろう。

 

 

 完了。 

 

  お疲れさま。