東中野で小暮はなの新作CD『JACARANDA』発売記念のライブ。 前半がバックもつとめたギターラ(ポルトガルギター)奏者 月本一史とヴィオーラ、ベースヴィオーラの演奏。後半にギターラとベースヴィオーラのバックで小暮はなの出演。 月本のギターラもさることながら、伊代田大樹のベースが入って演奏がすばらしく締まる。 ☞
‘初代国立劇場さよなら公演’と銘打った、文楽 心中天網島を観る。 新聞記事で知ってチケットセンターに電話。なるべくいい席を、といったら千穐楽の今日になった。5列目の左側。まあまあだ。 ☞
明日が片山健の油彩画展の最終日と気がついて吉祥寺に。 片山は吉祥寺生まれ、生家は場末の商店街の肉屋だとか。 会場は重なり合うほどではないけれどなかなかの人出。絵本の原画として描かれたものも多々あるせいか、子連れの家族もちらほら。 会場のベンチに腰を下ろしてご婦人とおしゃべりする好々爺がいると思ったら、片山健本人だった。 ☞
これまででもっとも聴いたレコードといえば、間違いなくグレン・グールドだ。 グールドは'32年の9月25日に生まれて、'82年10月4日に50歳で死んだ。今年が生誕90年、ちょうど今日が没後40年になる。 なんの素養もないくせにクラシック音楽を一番に掲げるのは気後れしないでもないが、事実だからしようがない。 ☞
映画を早送りや飛ばしで観る若者が増えているのだとか。あまつさえ“ファスト映画”なる違法も摘発された。映画ももはや消費されるべき情報でしかないのだろう。 嗤うべし、それでは名優の真の凄みを味わうことはできまい。早送りどころか、スローでこそはじめてそれを思い知ることができるのだ。 例えば、日本映画 黄金期の至高の女優 高峰秀子の演技。...
澁澤龍彦は'87年の今日、 59歳で亡くなった。今年は没後35年になる。 20歳の頃、夢中になったのは石川淳と澁澤龍彦だった。初めて手に取ったのは「偏愛的作家論」だ。石川淳を論じた章があったからだろう。 ☞...
渋谷に「こちらあみ子」を観に行く。 映画館に入るのは実に久しぶりだ。もしかしたら数十年ぶりではなかろうか。ビデオやDVDで観ることはあるけれど、そもそも映像作品鑑賞というのが、あまり得手ではないのだ。 それでもその気になったのは、主演の子がちょっと面白そうだったので。 ☞
3年ぶりの小暮はなのライブ。 下北沢 ラ・カーニャ。小さな店は20人くらいでほぼ満席。札止めしたのかな? 伸びやかで繊細な無比の歌声。聴いているうちに夢見心地になる。 ☞
FMを聴いていたら、ちあきなおみが歌っていた。 抜群のうたぢから! ちあきなおみのLPやCDは何枚も持っているけれど、改めてつくづく感嘆する。そのひとつ「かもめの街」。 そういえば鴎をうたったものにはなかなかいい歌が多い‥。たちどころにいくつかが思い浮かぶ。集めれば優にCD-R1枚分にはなりそうだ。 ☞
福岡伸一が新聞に連載していた「ドリトル先生 ガラパゴスを救う」が完結した。 終盤、福岡の学問的な自説が前面に出すぎるきらいはあったけれど、毎日楽しみにして読んだ。 だが、物語が終結したあと、続いて‘特別編’なるものが掲載された。「ドリトル先生の原点」。 これはいけない。蛇足、というより勇み足というほかはない。 ☞