なぜかつつじを見ると心が少し落ち着かない。不穏な空気がかすかに漂うような気がするのだ。
そう考えているうちに、ふとずいぶん昔に読んだ上村一夫のマンガ‘怨獄紅’に“いやな色だよ つつじの赤って”というセリフがあったのを思い出した。ストーリーは覚えていないのにそのシーンだけが蘇ったのは、似た印象を当時から持っていたからか。 ☞
高校生の時、このマンガ凄いよっ! と勧めてくれたのは、今は某国立大学名誉教授のダイモン君だったか。(記憶違いかもしれないので仮名にしときます(≧▽≦))
人殺しとか近親相姦とか堕胎とか、禍々しいストーリーが、これでもかと繰り広げられるなんともあざとい作品。‘昭和の絵師’と称えられた上村の華麗な描画とのギャップが却って衝撃的なインパクトをもたらす。

どうしてもそのシーンを確かめたくて、段ボール箱の山からついにこの本を掘り出した。昭和46年の初版。
しかしここで展開されるのは、完全にコントロールされた作品世界だ。(例えば花輪和一のような)やむにやまれぬ情念が湧き出して迷走・暴走したものではない。
上村は素顔は温厚で淡々と仕事をこなす人だったそうだ。のちに‘同棲時代’で一世を風靡し、プロフェッショナルとして厖大な作品を生む。久世光彦は次のように書いている。“死んだ方が似合うという奴がごく稀にいるものだが、上村一夫はそんな奴だった。…処女作からして、遺作のようだった。…私なんかよりいくつも若いくせに、こいつはいったい何を見てきてしまったのだろう。”
上村は、咽喉癌のため45歳で死んだ。
ちなみにつつじが街路の植え込みに多く植えられるのは、排気ガスに強くホルムアルデヒドを吸収する空気浄化作用があるからだとか。不穏などというのは単なる言いがかりか。
だがその一方で、つつじの一種(れんげつつじ)には毒性があって痙攣・呼吸停止をもたらすという。
そもそも漢字で‘躑躅’と書くのはなぜか。‘躑’は“進みて進まず立ちもとぼる(ぐるぐる回る)こと”、‘躅’は“足踏ミス”の意があって、‘躑躅’で“行きつもどりつたちもとほること”“とどまりて足にて地をうつこと”を表す(「大字典」講談社)。また羊がつつじを食べて死ぬさまを‘躑躅’と表したという説もあるようだ(「大漢和辞典」大修館)。やっぱり、不穏だな。
テニスコートからの帰り道、産院の駐車場でプロレスのイベントが。
リング上では‘どすこいシンデレラ 彩月悠叶’と‘現役保育士レスラー 笹村あやめ’の死闘が繰りひろげられていた!



