声ってその人の魂の色が出るじゃないですか ― と宇多田ヒカルは言った*。
小暮はなに惹かれるのは、曲や歌詞にもよるけれど、まずはその歌声だ。小暮はなの‘魂の色’はなにか。
下北沢ラ・カーニャでのライブ。6月に出すというアルバムのレコーディングがほぼ終わったばかりのせいもあってか、これまでと比べても出色のライブだった。 ☞
* 月刊Cut ('09.6/19 No.247 渋谷陽一によるインタビュー)
小暮はなのうたに込められているのは、拠る辺ないままひとりこの世界にある、という思いではなかろうか。ファドに思いを寄せるのもそれにつながるだろう。だが、拠り所にできるものがただひとつだけあるとすれば、それはうただ。または僅かにうたを介した人とのつながりだ。そんな思いが彼女のうたに通底しているように思えてならない。
その覚悟を定めたかのようにして、繊細で陰翳に富みながら伸びやかな歌声に、今回とりわけ強さが加わったように感じた。
プログラムの最後にうたわれた“タンポポのように”。
白く歳をとって わたしの魂は
飛んでゆく あの川の向こうに
(中略)
いつかどこかで わたしの魂は
黄色い花 咲かせてるだろうか
そしてアンコールでの、終戦直後の孤児が描かれた“おかっぱ頭”(金子光晴詩)。
骨なしのように やわらかで
裏の窓から 放り出しても
手ごたえのない 身軽さで
猫の子みたいに足を 縮めて立つ
(中略)
そのあどけない 寝顔には
浮浪児のこずるさ はしっこさは消え
雑誌や新聞の 山のうへに
折りまげた手足は 少年のようだ
盟友 永田雅代はもちろんのこと、あらたなパーカッション 関根真理との息もぴったりで、実に充実したライブだった。
〈1部〉
ジャカランダの花
アンドリーニャ
畦道
すべてファド(Tude isto è fado)
麗しのリスボン(Lisboa menina e moça)
?
チョウチョ
〈2部〉
初恋
?
一羽のカモメ
ホタルの庭で
モノクロの夢の中で
タンポポのように
-アンコール-
おかっぱ頭~愛情42~
充実のライブ後の晩餉は魚真で ―




