横浜人形の家での展示更新の手続き後、弥生美館へ。“はいからモダン袴スタイル”と題して‘女袴’の実物やその変遷の資料などが展示されているのだ。
女袴は人形用に縫ったこともあって、かねてからのちょっとした疑問も解消した。
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そのひとつ。大正~昭和初期の写真を見ると丈がずいぶん短い。なぜか?
女袴は活動的な女学生の通学服として定着していった。この袴姿で登山やスキーまでする。場合によっては裾をからげてブルマーのようにして。なので動きやすいように短かったのだな。
現在はほとんど卒業式などフォーマルに準ずるものとして扱われているから長くなってきたのだろう。(元々は宮中の女官が穿いていた‘切袴’から始まったとか。)
もうひとつ。
後ろ紐を前で結んだあと結び目を隠すようにその紐をかぶせる、という今日よく見かけるやり方は以前から一般的だったのか。
展示されている写真に目を凝らしてみたが、戦前はほぼ単に蝶結びするだけ。ただ一例だけかぶせていた少女がいた。なので現在になって初めて出現したわけではないようだけれど、まあ、特別なおしゃれだったのか。袴はごく日常的なものだったのだから、ふだんはいちいちそんなことはしなかったのだろう。(だいいち毎日結んでいれば紐はシワシワになって綺麗な形にはできないだろう。)
竹久夢二美術館も併設
横浜では春節にちなんだ恒例のランタンオブジェが随所に
晩餉は本郷の‘蕎麦切 森の’で (弥生美術館近くの松風は閉店してしまっていた…"(-""-)"


















