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バルバラ - セーヌの黒いバラ

 

 バルバラを巡る映画。だが伝記映画ではない。

 監督マチュー・アマルリック曰く ―。“(主演)ジャンヌ・バリバールが演じるのはバルバラではない。映画に登場する女優ブリジッドを演じ、その女優がバルバラを演じるのだ。…装置のような映画のなかの映画。それを入れ子のように組み合わせていく。”

 映画についての映画 ― メタ映画というわけですね。 ☞

 そこで映画は3つの時間が混然となって流れることになる。

 まず、バルバラのドキュメントとしての時間。(ジャンヌ・バリバールのまさに憑依的な演技。バルバラ本人のフィルムも挿入されて、それとの区別がつかなくなるほどだ。)

 そして、‘バルバラ’のドラマを演じる‘女優ブリジッド’の時間。

 さらに‘女優ブリジッド’を演じるジャンヌ・バリバール及び監督以下の制作スタッフ(生前のバルバラを知る証人たちも登場する)の時間。

 (一般的な伝記的ドキュメントと思っていると、突然カチンコが鳴ってぞろぞろと制作スタッフ-実際のではなくこれも演技陣-が現れドラマ部分だったことが明かされたりもする。だが、これらのどこからどこまでがそうなのか曖昧に溶け合って観る者を惑わせる。フェリーニの‘8.1/2’を思い起こさせるヌーベルバーグ的な作品。)

 

 バルバラは日本ではいまひとつメジャーにはなりきらなかったようだ(少なくともジュリエット・グレコほどには)。

 LPも国内盤にならなかったものもあったし、現在ではCDはベスト盤くらいしか国内盤はない。

 しかし、フランスでは‘黒いワシ’がビートルズの‘レット・イット・ビー’を抑えて1位になるほどの人気だった。宣伝もしないのにチケットは即日完売したという。('78年にパリに立ち寄った際、たまたまコンサートがあったが、ちょうどパリ大学に留学していた友人にチケットはとても手に入らないといわれた。だが、人気とは裏腹にこの頃にはバルバラは音楽的には急速に往年の輝きを失いかけていたのではなかったか…。)

 初めてバルバラを聴いたのは20歳頃だったはずだ。

 ‘Amours Incestueuses’。'72年発表のアルバムだから2年遅れくらいの、まあリアルタイムだった。(ついでながらこれを邦題‘不倫’としたのは苦心の訳というべきだろう。)

 その後邦盤のない仏原盤も含めて、主要なアルバムは中古レコード店を漁ってなんとか揃えた。だがバルバラのもっとも恐るべき作品はやはり‘Amours …’だと思う。とても繰り返し気軽に聴ける音楽ではないけれど。

 

 バルバラは '97年に亡くなっていて、その没後20年の '17年にはフランスでは大規模な回顧展が行なわれたそうだ。映画‘バルバラ’もそれを機に制作されたのだろう。

 また、フランスのクラシック・ピアニスト、アレクサンドル・タローもこの機にバルバラのトリビュートアルバムを出している。タローは '85年の17歳の時、シャトレ座のコンサートを聴いてそれ以来ずっとバルバラに憑りつかれ、バルバラの葬儀への参列をきっかけにいつかトリビュートアルバムを自らの手で作りたいと思っていたという。20年たってその思いを遂げたわけだ。バルバラのカバーを歌うのは、ジェーン・バーキンやヴェネッサ・パラディなどのフレンチ・ポップスの第一人者をはじめ、モロッコのインディ・ザーラやマリのロキア・トラオレといったユニークな歌手たち。これにタローが出過ぎずしかし実にしみじみと味わい深い伴奏をつける。バルバラを踏み台にして新たな可能性を探るというより、あくまでその核にあるのはバルバラで、タローの彼女にたいする思いの深さが沁みる。少なくとも、バルバラのファンでこのアルバムに難癖をつける者はないはずだ。

 

 

  ☛  Amoures Incestueuses

 

☛  Nantes