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道の千草

 テニスコートに向かう川沿いの道端に、いろんな花が咲いている。

 山百合、撫子、薊、桜草、葵、蛍袋、三色菫、くらいまでは見当がつくが、あとはなんだかわからない。(秋桜としか見えないのも咲いているけどなぜ今?)

 だれかが手を入れたのだろうか。自然にここまでになったとは思えない。花屋で売っているようなものでもなさそうだし。 ☞

 ほかの季節にもカンナや芙蓉なんかが咲くけれど、この時季の百花繚乱のさまは群を抜く。



 

 ついでに、我が家の裏スペースに密生しているドクダミ。

 ネーミングと踏み潰した時の強烈な匂いのイメージに捉われなければ、どうしてなかなか可憐。

 

 数年前に植えた百合。その後なにもしないのに、毎年ちゃんと復活して花を咲かせる。

 今年はいったん5月の強風で倒れて折れてしまったのに、また這い上がってきた。

 そういえば、“ 野の百合はいかに育つか学ぶが良い ” とか戦前の修身教科書にでも載っていたものか、母がへたれな息子(=私)を揶揄して言っていたなあ。

☆ 6/7追記:どうやらこれは旧約聖書の一節らしい。本棚のどこだかにある聖書を発掘できないのでネットに頼るしかないが、「野の百合は、いかに育つかを思へ。労せず、紡がざるなり。されど…ソロモンの栄華だに、この花の一つにも如かざりき。(マタイ伝)」すると、野百合の不屈のど根性を讃えたというのとはちょっと違ってをるのではござりませぬか、母上。