奥たんは旦那たんが帰ってくると本当に思っていたのだろうか?

                ―  高橋しん「花と奥たん」

 

 

 奥たんは旦那たんが帰ってくると、本当に思っていたのだろうか?

 

 不思議なことに奥たんは帰ってくるはずの旦那たんのために、毎日心を込めて料理を作りながら、その安否を案じる素振りをまったく見せない。

 巨大な花が東京に出現して1年にもなり、そこからの生還者は一人もいない、というのに。町内会長のエロ親父は、“上から言われなくたって、娘が生きちゃいねえってことぐらい、自分の腹ン中でカタぁつけるぜ〈Ⅰ,②,p69〉”と呟くし、他の‘残され主婦’たちが、脱走してきた少年兵に“東京は…どうでした?”と問い詰めるのに、そのでまかせの説明にも関心を示さない〈Ⅰ,⑤,p217~〉。

 旦那たんは帰ってくる、当然に。疑う余地はない。その前提が揺らいでしまったら、日々の営みを重ねていくことはできない。だから夢や妄想の中に旦那たんが現れることはあっても、不安を訴えることはない。生活環境がどんどん悪化してきても、それにひるむこともない。

 

 だが、ついにその前提が崩れるときがくる。

 家を覆い尽くすほどの雪が3週間も降り続く。そして、奥たんが呟く。“雪が…止んだ”

 突然、外に飛び出して、声が涸れるまで泣き喚くように正太郎(旦那たん)の名をを呼びつづけるモモ(奥たん)。彼女はついに正太郎が帰ってくることがないのを悟ってしまったのだ。(描線はこれまでと打って変わって粗削りなものになる〈Ⅴ,⑯,p72-3〉)。

 伏線がある。第11話。かつての思い出として、なんらかの記念日に、大雪のために旦那たんが約束通り帰って来られずケンカしたことが語られている〈Ⅲ,⑪,p57~〉。でも、遅れて約束は守られなかったけれど、その時、旦那たんはともかくも帰ってきたではないか。

 今、雪が止んだ。しかし旦那たんは帰ってこない。奥たんは、無意識のうちに封印していたものの、もう旦那たんは帰ってこないことが、実は自分にも分っていたということを自覚してしまったのだ。

 最終話の前話にあたるこの第16話で奥たんがつくる料理は、はじめて旦那たんのためのものではなくなる。(第15話「お好み焼きの仲直り風」にもその予兆が感じられる。)衰弱しきったエロ親父のために、鶏を締めてスープを作ってやるのだ。一命をとりとめたエロ親父はレスキュー隊に救助される。奥たんは、とうとうこの‘残され地区’に留まるただ一人の人間になる。

 

 そして最終話。

 終局に向かって、状況は逼迫していく。

 春に向けて冬の間のために蓄えた食料はもう残り少なくなってきている。それでも日々の暮らしを維持しようとする奥たん。だが、彼女自身の体力も尽きようとしている。もはや、旦那たんのための料理を作ることなどとてもできそうにない。

 一緒に暮らしてきた動物たちともども、息絶えようとしている奥たんの夢のなかで、“ただいま、モモさん。”と旦那たんが帰ってくる。まさに最後に家を出たあの日のままだ〈Ⅴ,終,p143~〉。

 奥たんが旦那たんに語りかける。“あ…あのね …今日ね? 少しうたた寝しちゃって そしたらね、 長い夢を見たの。”“どんな夢ですか?”と問う旦那たんに、奥たんは少し悲し気な笑顔で答えるのだ。

  “……… 忘れちゃった。”

 “今日ね”のあとの“?”には意味があるはずだ。夢を見たのはあの日の今日ではない。あの日からこうして息絶えようとしている今まで、あなたが帰ってくることを信じてずっと紡いできたこと自体が長い夢で、でも、それはもう忘れてしまうしかないことなの…。

 

 そして奥たんは斃れ、― 甦る。

 この死と再生を、物語の現実と取るか、寓話と取るかは、読者に委ねられている。

 だがいずれにしても、もう奥たんはこれまでとは異なる生を生きなければならない。(この‘冬眠’の間、もはや当然に旦那たんのための料理は作られていない。)

 ふたたび巡ってきた春。ふと、Pたんが“お……奥たん! 東京のほう 見てください… 「花」が…!!”と叫ぶ。だが、奥たんはそれに反応せず、“あっ!  Pたん! 見て見て!  ほら!”と足元の小さな花を示す〈Ⅴ,終,p164〉。

 この花は、このシリーズのなかですでに何回か描かれた咲かない鉢植えを植え替えたものだろう〈Ⅰ,①,p12&45/Ⅲ,⑩,p9〉。そして唐突に、次のページの見開きいっぱいに、この作品の『花と奥たん』のタイトルロゴが、『Uruwashigaoka Life』のサブタイトルとともにでかでかと現れる。

 読者は、タイトルの『花』とは、ここまでこの物語を決定的に支配してきた東京に出現した巨大な花のことだと理解してきたはずだ。だが、ここで『花』の意味は転換される。あたかも、ここからはこの“奥たんに似た小さな”『花』と『奥たん』の物語が新たに始まる、と宣言しているかのように。

 もちろん、残る数ページでシリーズは完結してしまう。新たな物語は暗示されるのみで具体的に提示されることはない。それは私たちに投げかけられている。私たち自身がどのような生を生きていくのか、ということと合わせて。