“人形って人形なんだ ” ― 四谷シモンの ‘ 誤読 ’

 

 

 

 “人形とは人形である”
 四谷シモンのこの言葉を、人形に関心がある人なら聞いたことがあるのではないか。

 ハンス・ベルメールの人形に出会って衝撃とともに啓示のように閃いたというこの言葉を、シモンは折に触れしばしば語りまた文章に記している。
 だが、一体これは何を言っているのか。

 

 禅問答めいて何となく意味ありげだが、これだけではその真意は計りがたい。
 シモン20歳の1965年は、彼がのちに親交を深める土方巽の暗黒舞踏や唐十郎の状況劇場等々、既成の価値観を破壊する熱いムーブメントが渦巻いていた季節だ。吐き出される言説も鋭く尖っていた。
 “ 舞踏とは命がけで突っ立った死体である ”(土方巽)。“ 役者体とは、常にさらされ、瞬間毎に死んでゆく、劇を作る実体だ ”(唐十郎)。
 シモンの“人形とは人形である”も、このような直観的な箴言と受け止めていた。あるいは、単に思わせぶりな科白かとも。だが、これは自ら“単純明快なもの”というほどに、実に明晰な認識から生まれてきた言葉なのだ。

 

 

 しかしながら、様々な機会に語られたエピソードからは、必ずしもその真意はただちに見えてこない。
 ベルメールを知った時のシモンの語り―。


  そんなある日、神が誘ってくれた大岡山の古本屋で手にした本の中に一枚の写真を発見した。それは顔が混じった、ひとがたらしきもの、生まれて初めて見るもの、僕はその奇妙なひとがたを凝視していた。これは一体全体なんなんだろうと妙な気持ちになっていった。その説明書きの文章に目をやると、そこには見なれた人形という字が書き込まれていた。いや、見たこともない関節人形という字や、痙攣という言葉もあった。スパスムといっていた。ベルメールという人の作品だ。人形だ、痙攣だ、ハンス・ベルメールだ、その書き手が澁澤龍彦という人だ。僕は瞬間すべての謎がとけた。それまでの僕の人形論はこなごなに打ちくだかれていった。心は空白になり、次に充満され、それが交互にくり返した。/僕はようやく見つけた、人形は人形であるということを。僕は古本屋の隅でそれを手にしながら澁澤龍彦という運命の光を浴びていた。
  「人形」(「四谷シモン前編」p36)〈「太陽No.358 特集・澁澤龍彦の世界」'91.4から再録〉

 

 ここにふたつの要因を補足しなければならない。
 まず、“こなごなに打ちくだけていった”という当時のシモンの人形観。

 

 それまで僕が見てきた、知っていた人形っていうのは、なにか床の間にちょこっと飾る小さな、彫刻っていいますかね、なんていうかな、なにかほのぼのとしたのどかな「春うらら」みたいなタイトルとかね。いろんなそういうものが付着している、そういう置物的存在の人形、それがすべてなのかなあ、と思っていたところに、襲いかかってきたわけですよ。そういうようなコトバで、どかどかと。それで僕はその時に“ああ、これなんだ”、“あった”と思ったんですね。あ、人形…僕は自分で…なんか謎々だったものが、人形という文字のなか、それらのなかに隠れて出てこな…これ、なにか…なんか謎々…それはその瞬間に僕は“あ、人形というものは人形なんだ”という単純明快なものに気付かされた…。
  「私の、こだわり人物伝。 澁澤龍彦・眼の宇宙」〈NHK教育TV '07.11/6放送〉

 

 置物的な人形とベルメールとの落差に驚愕したのは分かる。だが、そこから “ 人形というものは人形なんだ ” という認識が生まれたのはなぜか。
 もうひとつの要因。彼はベルメールのどこに啓示を受けたのか。

 

 ベルメールの人形はとてもエロティックなものでもありますから、僕はその大胆なエロティシズムに驚いたんだろうと思われているところもありますが、そうではありません。そのときのショックはベルメールの人形には関節があって動くということ、だからポーズがいらないということがいちばん大きかったのです。
          「人形作家」p75 '02.11/20

 

 なんらかのテーマ(「春うらら」のような)を提示するためには、人形は一定の具体的なポーズをとらなければならない。ところが、球体関節人形は動いてしまうのだ。
 すなわち動く球体関節人形は、テーマを提示しえない。― いや、ひるがえって、人形とは、そもそもテーマを表すための媒体などであるべきではないのではないか。そのことを、球体関節人形は端的に示唆していたのだ。
 シモンはここで、テーマに隷属してポーズをとる人形、という呪縛から解き放たれる。

 それは単に、人形制作の流儀・手法の問題にとどまらない。解放されたのは、作品とは何らかの自己表現を、主張を、声高にするものだ、という‘芸術’の観念 ―‘近代の精神’からにほかならなかった。

 人形はただ‘存在’する。あたかも、人格を持つ人間そのもののように。

 どんなに猥雑な化粧をほどこされていても、シモンの人形は静かに佇んでいる。

 

 人の形というものだけをやっているわけで、テーマ性があってやっているわけではないですから。(中略)人形は人形で揺るぎない一つの世界があるわけですから。人形を通して何かを表現しようじゃなくて、人形を通して人形を作ろうと思っているわけで。
「ふわり、冷ややかな、幽霊のような人形を」(「四谷シモン前編」p315)〈「幻想文学32号」'91.6/13 から再録〉

 

 動かせる球体関節人形であるにもかかわらず、シモンの人形は、展示の際も撮影される際も、ニュートラルな直立の姿勢ををとる。逆説的なようだが、ポーズをとってしまえば、それは何かを表現する媒体に堕してしまう。
 反対に一点の姿にとどまらない、という試みもなされた。機械仕掛けの少年。実際に動かせたのは結局3体にとどまった。シモンはそれ以上は執着しなかったようだ。動きに限界のあるゼンマイより、人の想像力がまさると知ったのか。
 人形に付けられるタイトルもそっけない。「少女の人形」、「木枠で出来た少女」。何もないわけにはいかないから、取りあえず付けておいたという感じだ。間違っても「オンディーヌ」とか「在りし日の想い出」などといった類の名が付けられることはない。

 

「四谷シモン 人形愛〈'85〉」p55

 唯一の例外 ―。
 87年、澁澤龍彦の死去。
 その翌年、彼は1体の天使像を作る。「天使-澁澤龍彦に捧ぐ」とはっきり制作の意図が示され、球体関節はなく、合掌しながら飛翔するという‘ポーズ’をとる。彼の魂の先導者だった澁澤龍彦―。その死を悼む、という切実な‘テーマ’が生じたのだ。

 

 ともかく、二十代のころは澁澤さんの言葉を借りると、スパスム(痙攣)状態で、ベルメールの球体関節人形にはじまり、そのまま四十歳くらいまで、白紙の状態に澁澤さんというインクが染み込んでいったのが僕だった。そのころの僕は、僕であると同時に澁澤龍彦でもあった。そこに突然の澁澤さんの死。だからその後の十年近く、僕は立ちなおれなかった。自分で思っていた以上に深く関わりすぎていたから。
  「あのころの僕、これからの僕のこと」(「四谷シモン前編」p379)〈 '06.8/31語り下ろし〉

 

 人形はこの時、ただ一度限り、モニュメントになり、副葬品となった。

 

「SIMON DOLL 四谷シモン〈'14〉」p82-83

  さて、ベルメールに触発されて四谷シモンの人形が展開されるようになったわけだが、果たして、シモンはベルメールのエピゴーネンだろうか。
 彼は当初、自らそう考えていた節がある。

 

 家に帰ってそれまでの材料を全部捨てました。それから大変な時代が始まるんですよ。ベルメールという重圧で作れない訳ですよ。球体を入れて作ったら真似事になっちゃう。それは長かったですね。辛かったな。
  「四谷シモンへのインタビュー」〈「SIMON DOLL」p125 '14.5/31〉

 

 当時、ベルメールを知っていたし、「真似するのはいやだけれども、まあいいか。とりあえず、なにかしよう」と。(中略)その中で澁澤さんと、あとになって非常に親しくなった。さっき言ったように惹かれていたんでしょうね。何か、こっちを向いてもらいたいなという気持ちが、すごく大きかったね。もちろん認められたいというのは、ぼくにとっては作品をつくらなければいけないということだし、それなりの表現をしなければいけないということで、そのジレンマというか、いろいろな葛藤があったんだけれども、「いいや、ベルメールの真似でも何でもいいや」というので、人形をつくり始めてね。
 「北鎌倉へ向かって」(「四谷シモン前編」p329)「文藝別冊 総特集・澁澤龍彦」'02.3/29 から再録

 

 だが、ベルメールが球体関節人形を作った意図はなんだったか。彼はシモンのような屹立して存在する人形を生み出そうとしたわけではない。動かせる人形を作りながら、ベルメールが意図したのは、人形を触媒として、その‘ポーズ’を写真に定着し、偏執的な欲望・情念を提示することだった。
 あまりにも独創的ではあるものの、実に、ベルメールの人形もまた、テーマを表現するためのツールだったのだ。

「イマージュの解剖学〈河出書房新社版  '75〉」p85 

 

 シモンはベルメールを無意識のうちに‘誤読’したのだ。ベルメールに触発されながら、図らずも彼はベルメールとは本質的に異なる前代未聞の方角に歩み始めていた。
 人形とは人形である。
 あまたの人形作家のなかで、四谷シモンが先駆的であり、またおおくの追従者がいるにもかかわらず、唯一無二の存在でありつづけているのは、この‘単純明快な’認識の揺るぎなさゆえにほかならない。

 

 

('18.4/21 記)